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松江地方裁判所 昭和43年(ワ)144号 判決 1969年4月09日

原告 金印わさび株式会社

被告 島根県

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

(当事者の求める裁判)

原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金八一万〇、二四〇円及びこれに対する昭和四三年七月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決並びに仮執行免脱の宣言を求めた。

(請求原因)

一、本件事故の発生

訴外秋田郁夫(以下秋田という)は原告会社大阪支店の従業員であるが、昭和四三年三月二一日午後三時三〇分頃、島根県八束郡八雲村大字日吉地内の県道松江、広瀬線(以下本件道路という)を広瀬方面に向つて原告会社所有の小型貨物自動車(大阪四め八二・二五号、以下事故車という)を運転して進行中、右道路を先行する小型乗用自動車(以下先行車という)を追越そうとして本件道路の右側へ寄つたところ、路肩の舗装外の部分に右側車輪をとられたためハンドルを左に切つて車輸を道路の舗装部分に復帰させようとしたが、右舗装外の部分が著しく軟弱であつたため車輪を舗装部分に復帰させることができずそのまま走行を続けた結果、約四・六米下方の意宇川に転落したものである。

二、本件事故についての被告の責任

本件道路は県道として被告の管理する営造物であるが、本件事故は以下に述べるとおり被告の道路の設置及び管理に瑕疵があつたことによつて生じたものである。

(一)  路肩の構造上の瑕疵

車輛制限令二条五号、道路構造令二条五号によれば、路肩とは道路の主要構造部を保護し、又は車道の効用を保つために車道又は歩道に接続して路端寄りに設けられる帯状の道路の部分をいい、車輛制限令一〇条、道路交通法七五条の三、七五条の八、一項二号によれば、高速自動車国道及び自動車専用道路(以下高速自動車国道等という)以外の道路においては自動車の路肩の通行は禁止されている。しかし、右の車輛制限令一〇条は訓示規定と解すべきであり、自動車が路肩を通行することが必ずしも予想されていないとはいえない。何とならば、前記のとおり、車輛制限令及び道路構造令によれば、路肩は「車道の効用を保つ」役割を果しているのであるが、右「車道の効用を保つ」ということには車道が車道としての効用を十分に発揮できない場合には路肩部分に車道の補充をなさしめるという意味が当然含まれており、又、道路交通法七五条の三、七五条の八、一項二号は高速自動車国道等において特定の場合には路肩を自動車が通行し、又は路肩に駐停車することを認めているからである。

従つて、路肩は、それが本来自動車の通行が禁止されている場所であることから、その構造も車道と同一のものである必要はないとしても、場合によつては路肩を自動車が通行し又は駐停車することも予想されるのであるから、少くともそれに耐え得るだけの構造は法律上要求されているといわなければならず(道路法二九条によれば、道路の構造は、当該道路の存する地域の地形、地質、気象その他の状況及び当該道路の交通状況を考慮し、通常の衝撃に対して安全なものであるとともに、安全かつ円滑な交通を確保することができるものでなければならないとされている)、その路肩が右の構造を備えていない道路は道路として通常備うべき安全性を欠いていることになる。

ところで、本件道路はその路肩の舗装外の部分が軟弱であり、事故車の通行に耐え得るだけの構造を有していなかつたのであるから、本件道路は道路法二九条の要求する安全性を欠いていたというべきであり、この点で被告の本件道路設置には瑕疵があつたものである。

(二)  防護施設の欠缺

道路法四二条一項によれば、道路管理者は、道路を常時良好な状態に保つよう維持し、修繕し、もつて一般交通に支障を及ぼさないように努めなければならないとされている。そして、右管理義務の内容は、単に一般的に管理機構を設置し、巡回視察、補修改良等の工事をなさしめることのみに止らず、個々の道路の状況に即し交通量の多少、照明設備の有無、制限速度の有無等の特殊性を考慮したうえ安全を維持するための諸措置を講ずることを含むものと解される。又、道路構造令三一条によれば、屈曲、がけ等の存するため交通の危険を伴うおそれがある個所には、さく、駒止、擁壁その他の適当な防護措置を設けなければならないとされている。

ところで、本件道路は、本件事故現場附近においては西側ががけになつており、又、本件道路の路肩の舗装外の部分は著しく軟弱であり、その部分を自動車が通行した場合は下方へ転落する危険性があつたのであるから、かような場合、道路管理者たる被告は、ガードレール等の防護柵を設け、或は道路に「路肩弱し」との表示をなし、或は路肩部分に白線を引き、或は本件事故現場附近を追越禁止区域に指定してその旨の表示をなす等の措置をとり、本件の如き事故の発生を未然に防止すべき義務があるにもかゝわらず、何らの措置も講じなかつたのであるから、この点で被告の本件道路管理には瑕疵があつたといわなければならない。

なお、被告は本件事故後右の点に気付き、危険防止のため本件道路の車道の外側に白線を引くに至つた。

(三)  被告の損害賠償責任

以上のとおり本件事故は本件道路の路肩の舗装外の部分が著しく軟弱であつたこと、にもかかわらず被告はこれを運転者に告知し或は危険を防止する措置を講じなかつたことに起因するものであり、右は被告の本件道路の設置及び管理に瑕疵があつたというべきであるから、被告は原告の蒙つた後記損害を賠償しなければならない。

三、損害 合計八一万〇、二四〇円

(一)  事故車の損害 六八万六、〇〇〇円

事故車は原告が昭和四三年三月一二日訴外大阪トヨタ自動車株式会社より八一万二、〇〇〇円で購入した新車であつたが、本件事故により大破したため、新たに購入する車の下取りとして一二万六、〇〇〇円で右訴外会社に引取つてもらつたので、その差額が事故車の損害額となる。

(二)  積載商品の損害 五万四、二四〇円

事故車には別紙記載の商品を積載していたが、本件事故によりすべて流失した。

(三)  弁護士費用 七万円

四、よつて、原告は被告に対し金八一万〇、二四〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和四三年七月二六日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

(請求原因事実に対する被告の答弁並びに抗弁)

一、答弁

(一)  請求原因第一項の事実中、本件道路が県道松江、広瀬線であつて被告の管理下にあることは認めるが、その余の事実は不知。

(二)  同第二項(一)の事実中、路肩が原告主張のとおりのものであり、車輛制限令一〇条、道路交通法七五条の三、七五条の八、一項二号によれば、高速自動車国道等以外の道路においては自動車の路肩通行が禁止されていること、道路法二九条が原告主張のとおりの規定であることは認めるが、その余の事実は否認する。

(三)  同項(二)の事実中、道路法四二条一項及び道路構造令三一条が原告主張のとおりの規定であること、被告が本件事故発生前に本件道路に原告主張のような施設を設けていなかつたこと、本件事故後本件道路の車道の外側に白線を引いたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(四)  同項(三)の事実は否認する。

(五)  同第三項の事実は不知。

二、主張

本件事故は本件道路の設置及び管理の瑕疵に起因するものではなく、後に述べるとおり秋田の自動車運転上の過失によるものである。

(一)  本件道路の舗装工事について

本件道路の事故現場附近は従来未舗装であつたが、被告は右区間を含む延長一、五六〇米について昭和四二年八月八日から特殊改良四種事業(車道の舗装につき道路構造令二四条二項、三項に規定する基準によることを要しない場合、即ち、自動車交通量が少い等の場合における当該道路の舗装工事のみを行なう事業をいう)として舗装工事を施行し、昭和四三年三月二五日完成したのであるが、右工事は道路構造令等の関係法令の定める規準に従つて行なわれた。そして、右工事は現道路の舗装工事であつて交通を確保しつつ工事を施行する必要があつたので、一、五六〇米の区間について逐次工事を行ない、本件事故現場附近の舗装工事については昭和四二年一〇月八日に、路肩盛土工事については同年一二月二四日にそれぞれ完成していた。そして、本件事故現場附近における本件道路の構造は、全巾員が五・四米、車道巾員が四・四米、道路両端に〇・五米の路肩があり、路肩のうち内側〇・二米は車道部分の保護等のため車道部分と合せて舗装されている。

(二)  路肩の構造上の瑕疵について

原告は自動車の路肩通行を禁止した車輛制限令一〇条を訓示規定であると主張するが、道路交通法一八条が、車輛は道路の左側又は左側端によつて通行すべき旨規定し、この道路の左側とは路肩を除いた部分と解釈されていること(従つて、追越の場合には右側の路肩を除いた部分を通行すべきことになる)、同法七五条の三、七五条の八、一項二号が高速自動車国道等においてのみ自動車の路肩の通行、駐停車を認めていること等に鑑みるときは、これを禁止規定と解すべきである。又、路肩の目的の一である「車道の効用を保つ」とは原告が主張するように路肩部分に車道の補充をなさしめ、自動車の通行を認めるということではなく、自動車の走行速度を確保するための余裕幅をとることによつて車道の効用を保つ趣旨である。即ちこの余裕幅がないと車道の端を通行する自動車は危険があるので速度を出せず、速度を出すためには車道の中央に寄つてしまつて道路の交通容量が低下し、道路の効用を著しく阻害してしまうことになるからである。

従つて、道路の構造においても、路肩は、以上のような法的性格を前提として、車輛の通行の用に供することを目的とした車道とは異なつた取扱がなされている。即ち、路肩は道路構造上道路の各側に〇・五米以上の幅で設けられるが(道路構造令一一条)、この路肩部分は必ずしも舗装する必要はないとされ(同令二四条)、道路構築の実務においても路肩は盛土構造にする等車道とは異なつた構造がとられている。

このように路肩については本来自動車の通行が予想されていないのであるから、仮に本件道路の路肩の舗装外の部分が軟弱であり、事故車の通行に耐え得るだけの構造を有していなかつたため本件事故が生じたとしても、本件道路が道路法二九条の要求する安全性を欠いていたことにはならず、被告の本件道路設置に瑕疵があつたことにはならない。

(三)  防護施設について

前記のとおり、路肩は自動車の通行が禁止されているのであるから、舗装道路においては路肩附近が軟弱であることを表示する等の措置は必要でなく、又、本件道路は事故現場附近において屈曲しているわけでもなくきわめて見通しのよい場所であつて危険な個所とはいえないから、道路構造令三一条に従つてガードレール等の防護施設を設け、或は本件事故現場附近を追越禁止区域に指定する等の措置を講ずる必要もない。さらに、路肩の白線は「道路標識、区間線及び道路標示に関する命令」(昭和三五年総理府令、建設省令第三号)に基づき、道路管理者が車道外側線として設けるもので、その性格は車道とそれ以外の部分の区分を明確にし、車道における自動車交通を円滑に行なわしめようとするもので必ずしも危険防止の性格を有するものではなく、車道外側線を設けることが道路交通上からは望ましいとしても、道路の供用開始の要件ではないから、財政上の制約等から白線を引かないまゝ供用を開始しても差支えない。以上のほか、前記のとおり、本件道路は、本件事故当時事故現場附近の舗装工事、路肩盛土工事については既に完成していたものの、工事区間全体としては未だ工事中の段階にあつたから、本件事故現場附近にことさら路肩危険の表示をし、或は防護施設を設け、或は白線を引く等の措置を講ずることは不要であつた。

従つて、被告が右のような措置を講じなかつたことをもつて本件道路の管理に瑕疵があつたということはできない。

なお、被告が本件道路に白線(車道外側線)を引いたのは本件事故が発生したからではなく、又これを本件事故現場附近の危険を察知せしめるために設けたものでもない。右白線は当初の工事設計書に従い、昭和四三年三月二三日全工事区間の舗装工事が完了したことに伴つて設けられたものであり、たまたまそれが本件事故直後であつたというにすぎない。

(四)  秋田の運転上の過失

秋田の追越行為には道路交通法二八条三項に定める注意義務を怠つた過失がある。即ち、(イ)本件事故現場附近の本件道路の車道巾員は四・四米(路肩の舗装部分〇・四米を含めても四・八米)であること、事故車(トヨペツトクラウンバン)の車巾は一・六九米、先行車(トヨペツトコロナ)の車巾は一・五五米であること、時速約五〇粁の速度で走行中の先行車を時速約六〇粁の速度の事故車が追越す場合には車両の間隔は約一米必要であること等を併せ考えると、本件事故現場附近は安全な追越のできる場所ではなかつたこと、(ロ)事故当時は雨であつたから路面が滑りやすく、又、路肩の舗装外の部分が軟弱の可能性があつたこと、(ハ)一見して路肩の舗装外の部分が工事完了後の新しいものであることは察知しうるから、かような場合にはその部分が軟弱の可能性があることが予見しえたこと等の事情から、あえて追越をする場合には特に慎重な注意が必要であるにもかかわらず、これを怠つた過失により、秋田は右路肩の舗装外の部分に右側車輪を乗り入れ、その結果本件事故を惹起したのである。

さらに、路肩の舗装外の部分に車輪を乗り入れた場合は、一時停止する等して車輪が路端からはずれないようにすべき注意義務があるにもかかわらず、時速約六〇粁の速度のまゝハンドルを左に切つて車輪を道路舗装部分へ復帰しようとした過失により、秋田は右状態のまゝ路肩の舗装外の部分を約四〇米も走行し、その結果車輪が路端からはずれて転落し本件事故を惹起したのである。

三  過失相殺の抗弁

仮に本件道路の設置又は管理に何らかの瑕疵があつたとしても、秋田には前述のような重大な過失があつたのであるから、損害額の算定に当つてはこれを被害者の過失として斟酌されるべきである。

(被告の主張に対する原告の反駁)

被告主張(四)の事実のうち本件道路の車道巾員、事故車及び先行車の車巾が被告主張のとおりであることは認めるもその余は否認する。

秋田には以下述べるように運転上の過失はない。即ち、追越行為については、(イ)本件事故現場附近は、道路の巾員、事故車並びに先行車の車巾から考えて十分追越ができる場所であつたこと、(ロ)事故当時はぱらつく程度の小雨であり追越に不適当な降雨状況ではなかつたこと、(ハ)秋田は対向車が存在しないことを確認したうえで追越を開始したこと、(ニ)本件道路の路肩については何らの標識もなかつたのであるから、路肩が通常の走行には支障ないものと判断するのは当然であること、(ホ)事故当時の降雨程度では路肩の舗装外の部分が軟弱であることを予想するのは不可能であつたこと、(ヘ)秋田は事故当日初めて本件道路を通行したのであるから本件道路が工事完了後間もないものであり、路肩の舗装外の部分が軟弱なおそれがあることを予見することは不可能であつたこと等の事情を考えると、秋田には何ら過失はない。

又、同人は路肩の舗装外の部分に車輪をとられた際、ハンドルを左に切つて車輪を道路舗装部分に復帰させようと努めたのであるが、右のような場合にハンドルを左に切るべきことは経験則上当然の措置であつて、この点でも同人に過失はない。

仮に、同人の追越行為が道路交通法二八条三項に、路肩走行が車輛制限令一〇条にそれぞれ違反するものであり、この点で同人に過失があつたとしても、右過失と本件事故との間には因果関係はない。何とならば、たとえ同人に過失があつたとしても、本件道路の設置及び管理に瑕疵がなければ本件事故は発生しなかつたからである。

(証拠)〈省略〉

理由

一、本件事故発生について

本件道路が県道松江、広瀬線であつて被告の管理下にあることは当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない甲第一号証、乙第二号証、同第一〇ないし第一四号証、同第一六号証及び昭和四三年三月二三日もしくは同年五月一三日撮影した本件事故現場の写真であることに争のない甲第七号証の一ないし五並びに証人石川一夫、秋田郁夫、桟敷久己、武田尊政、佐藤米三郎の各証言によれば、原告会社大阪支店の従業員である秋田が、原告主張の日時に本件道路を広瀬方面に向つて事故車を運転して進行中、先行車を追越そうとして本件道路の右側へ寄つたところ、路肩の舗装外の部分に右側車輪をとられたためハンドルを左に切つて車輪を道路の舗装部分に復帰させようとしたが及ばず、そのまゝ走行を続けた結果約四・六米下方の意宇川に転落したこと、本件事故当時事故現場附近において本件道路の路肩の舗装外の部分が軟弱であつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、右事実を併せ考えると、右舗装外の部分が軟弱であつたため秋田は車輪を舗装部分に復帰させることができず、その結果意宇川に転落したものと推認するのが相当である。

二、本件道路設置の瑕疵について

車輛制限令二条五号、道路構造令二条五号には、路肩とは道路の主要構造部を保護し、又は車道の効用を保つために車道又は歩道に接続して路端寄りに設けられる帯状の道路の部分をいうと規定されているが、右「車道の効用を保つ」ということには次の二つの意味が含まれるものと考えられる。第一は、自動車の走行速度を確保するための余裕巾をとることによつて車道の効用を保つ趣旨である。けだし、道路にこの余裕巾がないと車道の端を通行する自動車は道路をはみ出す危険があるので速度を出せず、速度を出すためには車道の中央に寄つてしまい、結局車道の端の部分は役に立たず道路の交通容量が低下し、道路の効用を著しく阻害してしまうことになるからである。第二は、歩車道の区別のない道路において緊急の場合、例えば落石、土砂崩れ等のため車道巾員が狭くなつたためやむを得ず自動車が路肩を通行しなければならないときなどには、路肩に車道の補充をなさしめる趣旨である。

ところで車輛制限令一〇条は、歩道を有しない道路を通行する自動車はその車輪が路肩にはみ出してはならない旨規定している(高速自動車国道等においては道路交通法七五条の三、七五条の八、一項二号によつて特定の場合右の規定の適用が排除される)が、前記の路肩の性質からいつて右規定は原則を定めたものであつて、前記の如き緊急の場合にはその適用は排除されるものと解すべきである。

以上の点を考慮して路肩の構造がいかにあるべきかを検討するに、道路法二九条によれば、道路の構造は、当該道路の存する地域の地形、地質、気象その他の状況及び当該道路の交通状況を考慮し、通常の衝撃に対して安全なものであるとともに、安全かつ円滑な交通を確保することができるものでなければならないとされているのであるから、前記のような緊急な事態の発生が予想されうる道路に限り、路肩は少くとも右緊急事態における自動車の通行に耐えうるだけの構造を備えることが必要であり、その路肩が右の構造を欠いている道路は道路法二九条の要求する安全性を欠くものといわなければならない。

そこで、本件道路について前記のような緊急事態の発生が予想されるかどうかにつき検討するに、前掲甲第七号証の一ないし五、乙第一三号証及び検証の結果によれば、本件事故現場附近の道路は、その両側は斜面であり、東側の田、西側の意宇川よりかなり高い所にあることが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、右の状況から考えると、本件道路においては落石、土砂崩れ等のため緊急の事態が発生し、路肩を自動車が通行しなければならないようなことは通常予想されないといわなければならない。従つて、前記のとおり本件道路は本件事故現場附近において路肩の舗装外の部分が軟弱であつたとしても、これをもつて本件道路が道路法二九条の要求する安全性を欠き、被告の本件道路設置に瑕疵があつたということはできない。なお、証人大木魁夫の証言中には、本件道路において自動車が路肩を通行してすれ違う場合がままあるとの供述があり、仮に実情がそうであつたとしても、これは左の理由から緊急事態とはいえず、車輛制限令一〇条に違反する違法な通行であるから、かような違法な事態までも予想して路肩をこれに耐えうるだけの構造にする必要はないといわなければならない。即ち、本件事故現場附近における本件道路の車道巾員が四・四米であることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第三号証、証人大木魁夫の証言、検証の結果を総合すると、本件道路は市街地区域外の道路であること、本件事故現場附近を含む一、五六〇米の区間内には舗装された正規の待避所が三ケ所設けられているほか、道路巾員が広く事実上待避所として用いることのできる場所が三ケ所存在し、右各待避所間の距離はおおむね三〇〇米以内であることが認められ、右認定に反する証拠はない。そして、車輛制限令三条、五条一項によれば、右のような条件を備えた本件道路においては最大二・五米の車巾を有する自動車の通行が許されることになるが、右のような自動車どうしをはじめ、両車の車巾から推して本件道路の車道内でのすれ違いが不可能と考えられる自動車が本件道路上ですれ違う場合には、一方の自動車は前記待避所のいずれかに待避して他方の通過を待つべきであり、右待避所外の道路上で路肩を通行してすれ違うことは本来許されていないのであるから、これは緊急事態ということはできないのである。

三、本件道路管理の瑕疵について

被告が本件事故発生前に原告主張のような防護施設を設けていなかつたことは当事者間に争いがない。そして、道路法四二条一項は「道路の管理者は、道路を常時良好な状態に保つよう維持し、修繕し、もつて一般交通に支障を及ぼさないように努めなければならない。」と規定し、右管理義務の内容は原告主張のとおりであるが、本件道路においては前記のとおり自動車の路肩通行は予想されておらず車輛制限令一〇条が適用されるのであるから、路肩の舗装外の部分が軟弱であつても「路肩弱し」との表示をする必要はなく、又、前掲甲第七号証の一ないし五及び検証の結果によれば、本件道路は本件事故現場附近において屈曲しているわけでもなくきわめて見通しのよい場所であり、両側の斜面も通常の自動車通行にとつて特に危険でないことが認められるから、道路構造令三一条に従つてガードレール等の防護施設を設け、或は本件事故現場附近を追越禁止区域に指定する等の措置を講ずることも必要ではないと考えられる。さらに、証人大木魁夫の証言に弁論の全趣旨を総合すると路肩の白線は、「道路標識、区間線及び道路標示に関する命令」(昭和三五年総理府令、建設省令第三号)に基づき、道路管理者が車道外側線として設けるもので、その性格は車道とそれ以外の部分の区分を明確にし、車道における自動車交通を円滑に行なわしめようとするものであるが、他面白線より外側が路肩であることを示すことによつて運転者に注意を喚起し、もつて路肩通行によつて生ずる転落等の事故を防止する効果のあることが認められるから右外側線を設けることは道路交通上からは望ましいことである。しかし前記認定事実に証人佐藤米三郎、同秋田郁夫の各証言及び検証の結果を総合すると、運転者は特段の事由のない限り、本件道路のような道路状況の県道においてたとえ外側線が設けられていなくても、少くとも路端から五〇糎の間の部分は路肩であることを認識し、車輪が路肩にはみ出さないようにして通行すべき注意義務があると認めるのが相当であるから、外側線を引かないまゝ道路の供用を開始したとしても道路管理に瑕疵があるとはいえない。

従つて、被告が原告主張のような防護施設等を設けなかつたことをもつて本件道路の管理に瑕疵があつたということはできない。

四、以上のとおり、被告の本件道路の設置及び管理には瑕疵があつたとは認められず、かえつて次に述べるように本件事故は秋田の運転上の過失に起因するものと認めるのが相当である。即ち(一)前記認定の事実にいずれも成立に争いのない乙第七、第八号証、同第一四号証及び前掲乙第一三号証、第一六号証並びに証人石川一夫、秋田郁夫の各証言を総合すると、事故現場附近における本件道路の車道巾員は四・四米であること、事故車(トヨペツトクラウンバン)の車巾は一・六九米であり、先行車(トヨペツトコロナバン)の車巾は一・五五米であること(この点は当事者間に争いがない)、追越開始時の事故車の速度は時速約六〇粁であり、先行車の速度は時速四五粁ないし五〇粁であつたこと、本件道路においては路肩の通行が禁止されていること、追越直前の先行車の位置は道路中央よりやゝ左側であつたこと、秋田は先行車と五、六〇糎の間隔をとつて追越そうと考えたことが認められ、右認定に反する証拠はない。右事実によれば、秋田が追越を開始した際事故車の右側には車道はほとんど残されていないか、残されていてもそれは僅か一〇糎ないし二〇糎となるものと推認されるから、本件事故現場附近は必ずしも追越不可能ではないが、追越がかなり困難な場所と考えられる。従つてこのような場所であえて追越を行なう場合はハンドル操作等に特に注意すべきであつた。(二)前掲甲第七号証の一ないし三、乙第一三号証、証人石川一夫、秋田郁夫、桟敷久己の各証言及び検証の結果によれば、本件事故当時本件道路の舗装部分の外側は砂がかぶつており、車道と路肩の境が必ずしも判然としなかつた事実が認められる。右のような場合運転者としては少くとも路端より内側へ五〇糎の部分は路肩であることを予見し得るのであるから路肩に車輪がはみ出さないように一層慎重に運転しなければならない業務上の注意義務があるにもかかわらず、前記認定の事実に証人秋田郁夫の証言を総合すると秋田は右のような注意を怠り、本件事故現場の路肩部分を車道の一部であるか仮にそうでないとしても車道と同様堅牢であると誤信し、車道右ぎわを通行して先行車を追越そうとしたため、事故車の右側車輪を路肩の舗装外の部分に乗入れ、その後も前記速度のまゝ走行を続けた結果転落するに至つたことが認められるから、本件事故は秋田の運転上の過失に起因するものと認めるのが相当である。

五、以上の次第であるから、その余の事実につき判断するまでもなく、本件道路の設置及び管理の瑕疵を理由として被告に対し損害賠償を求める原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 広瀬友信 元吉麗子 辻中栄世)

別紙〈省略〉

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